修験道の聖地・吉野山(1)―修験道とは

修験道とはなにか

山は,ただ眺めるための風景ではない。日本では古くから,山は神仏が宿る場所であり,人が日常を離れて自分自身を問い直す場所でもあった。その山に入り,歩き,祈り,身体を通して心を整える宗教文化として発展してきたのが,修験道である。修験道は,古来の山岳信仰に,仏教,神道,密教,道教,陰陽道などが重なり合って形成された,日本独自の神仏習合の実践体系だと理解されている(宮家, 2001; Sekimori, 2009)。

修験道の修行者は,山伏(やまぶし),修験者,行者(ぎょうじゃ)などと呼ばれる。彼らにとって,山は単なる修行の物理的ロケーションではない。険しい道,岩,崖,滝,木々といった環境において,霧,雨,風といった天候が重なる。そのすべてが「神聖」の現れであり,山を歩くこと自体が祈りであり,修行であった。修験道の聖地の一つである吉野山にある櫻本坊という寺院の公式説明においても,修験道は「実修実験の道」とされ,山に入り,自身の魂を浄化し,その徳を人々のために生かす道として説明されている(櫻本坊公式HP)。

この信仰の中心にいるのが,役行者/役小角(えんのぎょうじゃ/えんのおづぬ)である。役行者は修験道の開祖として語られ,奈良県の大峯山(おおみねさん),奈良県吉野にある金峯山(きんぷせん)および吉野(よしの)といった山岳霊場と深く結びついている。とりわけ吉野・大峯は,修験道を語るうえで欠かせない場所である。吉野山から大峯山系,そして熊野へと続く道は「大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)」と呼ばれ,修験者が祈りながら山々を踏破する重要な修行の道とされてきた(吉野山観光協会; 文化遺産オンライン)。

※櫻本坊にある役行者の像

吉野山

吉野山といえば,まず思い浮かぶのは桜かもしれない。しかし,吉野の桜は単なる名所としての桜ではない。吉野山は,大峯連山の北端から続く尾根一帯であり,修験道の霊場としても長い歴史を持つ。ユネスコ世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」では,吉野・大峯,熊野三山,高野山が参詣道によって結ばれ,神道の自然崇拝と仏教が融合した文化的景観として評価されている(UNESCO World Heritage Centre)。

学術的にも,吉野・大峯・熊野の山々は,単なる地理的空間ではなく,神仏の世界をこの世に写し出す「聖なる地理」として理解されてきた。Grapard(1982)は,吉野・金峯山側が金剛界曼荼羅,熊野側が胎蔵界曼荼羅になぞらえられ,大峯山がその二つを結ぶ中心として理解されたことを指摘している。つまり,修験道において山を歩くことは,地図の上を移動することではなく,神仏の世界の中を身体で進むことでもあった。

その吉野山にある櫻本坊は,修験道を今に伝える重要な寺院の一つである。公式サイトによれば,櫻本坊は神仏習合の道場であり,寺伝では,天智10年に吉野で修行していた大海人皇子が,冬の山に満開の桜が咲く夢を見たことに由来するという。夢判断をしたのは,役行者の高弟・角乗であったと伝えられている(櫻本坊公式HP)。

櫻本坊の魅力は,吉野の桜の美しさと,修験道の祈りの歴史が重なっているところにある。境内には,役行者に関わる信仰や重要文化財の仏像が伝えられ,また大峯奥駈修行の拠点としても位置づけられている。だから吉野山を歩くことは,ただ桜の名所を訪れることではない。花の奥にある山岳信仰の歴史をたどり,修験道という「山に入る宗教」を少しだけ体感する旅でもある。

次回は,実際に吉野山を訪れ,櫻本坊を歩いた体験から,この場所がどのように「観光地」でありながら「修行の場」でもあるのかを考えてみたい。