執筆者:林尭親(メンバーについて確認する)
われわれの命は自分だけのものではない。
子宮から墓場まで,われわれは他者とつながっている。過去も現在も。
そして,すべての罪とあらゆる優しさによって,私たちは未来を産み出すのだ。Our lives are not our own. From womb to tomb, we are bound to others. Past and present. And by each crime and every kindness, we birth our future.
Sonmi-451 映画「Cloud Atlas」より
はじめに
「世界市民」と聞くと,どんなイメージが浮かぶでしょうか。
国連やNGOで活躍する人,英語が堪能で世界中を飛び回るビジネスパーソン,SNSで国際的に発信するインフルエンサー…。一方で,多くの方にとっては「大事なのはわかるけれど,自分とはどこか遠い言葉」でもあります。
けれど私たちは,もっと身近なところで「世界とのつながり」を感じているのかもしれません。
例えば,星がこぼれ落ちそうな夜空を見上げたとき。海の水平線を前に立ち尽くしたとき。山の稜線が夕日に染まる瞬間。そこには,言葉にしづらいけれど「自分は何か大きなものの一部かもしれない」という感覚が生まれます。
この不思議な感覚は,心理学では Awe(畏敬の念) と呼ばれる感情と関わっています。
Aweはawesome(最高)と語源を一にする言葉で,恐怖や憂懼を表す古英語egeや,古ノルド語で恐怖や敬意を表すagiなどを語源とする言葉だそうです(Psychology Today)。
今回のブログでは,この「Awe」を手がかりに,世界とのつながり,そしてその先の世界市民教育をより身近に感じていただければ幸いです。
自然に「圧倒される」とき,心の中で起きていること

Awe は,自分の理解を超えた「広大さ」や「偉大さ」に触れたときに生まれる感情だと考えられています(Keltner & Haidt, 2003)。
雄大な自然,歴史的建造物,圧巻のパフォーマンス,あるいは人の優しさにふれた瞬間――そうした場面で,私たちはしばしば
- 自分がとても小さく感じられる(small self・小自己; e.g., Piff et al., 2015)
- 同時に,何か大きなものとのつながりを感じる(自己超越的感情; e.g., Stellar et al., 2017)
という,相反するようでいて一つにつながった感覚を経験します。
心理学の研究では,Awe を感じた人は一時的に自己中心性が弱まり,他者や自然,社会とのつながりを意識しやすくなることが示されています(Preston & Shin, 2016;Stellar et al., 2018)。
つまり,自然の前で「うわ,すごい」と言葉を失うような体験は,単なる癒やしにとどまらず,「自分と世界との関係」を静かに揺さぶるきっかけになっているのです。
ここに,世界市民教育との接点があります。世界市民として生きることは,知識だけの問題ではなく,「自分が世界の一部である」という感覚を,どれだけリアルに持てるかという心のあり方とも深く関わっているからです。
「無宗教の国」と自然のスピリチュアリティ

日本では,自分を「無宗教」と感じている人が多いと言われます。例えば,統計数理研究所が2013年に実施した国民性調査では,宗教を信仰している人の割合は28%でした(データはこちら)。また,以下のように,世界的な調査でも,日本において自らを宗教信仰者と認識している人は10〜20%台にとどまります。
- 16%( WIN-Gallup International, 2012)
- 28%(JGSS 2000–2003)
- 14.6% (World Value Survey by Haerpfer et al., 2022)
しかし実際には,初詣に行く,神社やお寺で手を合わせる,お墓参りをする,山や森にどこか神聖さを感じる――といった行為は,ごく当たり前に行われています。
実際に,NHKの日本人の意識調査では72%の方がお墓参りを年に数回行うという結果が出ていますし(NHK, 2018)。また,世界的な調査でも70%の人がお墓や仏壇にお供え物をしたり,64%の人が神様や見えないもの存在を信じていたりすることが明らかになっています(Pew Research Center, 2024)。
特に,私(林尭親)の研究分野でもある心理学における宗教やスピリチュアリティの研究では,こうした 「自然や祖先とのつながり」に関わるスピリチュアリティ に注目しており,いくつかの学術誌もあるほどです(e.g., Psychology of Religion and Spirituality, Journal for the Scientific Study of Religion)。
たとえば次のような感覚です。
- 森や海を前にしたとき,「目に見えないけれど大きな存在」を感じる(e.g., Snell & Simmonds, 2012; Hayashi & Nomura, 2025 )
- 自然の風景の中で,「自分は一人ではなく,何かに支えられている」と思う(e.g., Pritchard et al., 2020 )
- 祖先や亡くなった人のことを思うとき,自分の人生が過去と未来の流れの中にあると感じる(e.g., Sakurai, 2003)
これは,例えばキリスト教のように「教義」や「教会」が中心の宗教とは少し違いますが,「自分を超えた何かとのつながりを感じる」という点では,れっきとした宗教性・スピリチュアリティの一形態 と言えます。そして重要なのは,この感覚が特定の宗教に固定されるものではなく,むしろ 「世界の見え方の一つのモード」 として,多くの人に共有されうることです(de Jager Meezenbroek et al., 2012)。つまり,宗教をめぐる違いで世界が分断される一方で,自然やスピリチュアリティを通じて「自分は世界の一部だ」と感じる経験は,国や宗教を超えて共通の土台にもなりうるのです。
ラベルではなく感覚から始まる「世界市民」の実感
では,この自然とスピリチュアリティの話が,「世界市民」という言葉とどうつながるのでしょうか。
例えば,世界市民を「自分が属する国や宗教を大切にしつつ,自分をより広い世界の一部として感じ,その一員として責任と共感を持とうとする心のあり方」と捉えることができるかもしれません。
Awe や自然とのスピリチュアルなつながりの感覚は,「私 vs 世界」という対立構図を少しゆるめ,「私 ∈ 世界」という関係性を感じさせてくれます。このとき,環境問題や紛争,貧困といった課題は,「どこか遠くのニュース」ではなく,「自分が所属する世界の出来事」として立ち現れ始めます。実際,Aweが世界市民としての意識を促進するという研究知見も存在しています(Seo et al., 2023)。
もちろん,それだけで行動が変わるわけではないかもしれません。
しかし,世界市民教育が目指すものを「知識のインプット」だけにとどめず,「自分はこの世界とどのようにつながっているのか?」という根本的な問いを育てるプロセス だと考えるなら,自然体験やスピリチュアリティに関わる感情は,そこに向かうための重要な入口になります。
教室から自然へ:世界市民教育への小さな提案
では,こうした視点を大学の世界市民教育にどう活かせるでしょうか。
いくつか,ささやかな提案をしてみたいと思います。
キャンパスの自然を使ったミニ・フィールドワーク
韓国や北米の大学では,キャンパス内の林や芝生広場,近くの河川敷など,ごく身近な自然環境を使った短時間のフィールドワークがすでに行われています。学生が昼休みや授業時間の一部を使って緑地を歩き,その場で感じたことを簡単なジャーナルやワークシートに書き出し,教室に戻って小グループで共有する――というシンプルな構成ですが,それだけでも気分の回復やストレス低減,自然への愛着や環境への関心の高まりが報告されています(e.g., Bang et al., 2017; Kim et al., 2020; Shrestha et al., 2021)。
この様に,遠くの山や海に行かなくても,学校の中庭や近くの河川敷,公園などで短時間のフィールドワークを行うことができます。そこで「何を見て,何を感じたか」「そのとき,自分と世界の関係をどう感じたか」を簡単なワークシートに書き出し,少人数で共有するだけでも,「つながり」を言語化する練習になります。また,学習指導要領では平成10年度より,徳育について求められる資質や能力の一つに「『主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること』の観点からは,自然に親しみ,美しいものに感動することや人間の力を超えたものに畏敬の念をもつ機会を通じた情操の涵養等がある。」と記載されています。自然に親しみ畏敬の念を感じることは,生徒や学生の情操教育にも効果的かもしれません。
心理学を含むアカデミックな知見を橋渡しに使うこと
さらに近年では,こうした体験型の学びに,心理学や関連分野の知見を「橋渡し」として組み込む動きも増えています。たとえば,壮大な自然や宇宙の映像を見たときに生まれる畏敬(awe)が,「自分は世界の一部だ」という感覚やグローバル市民としての自己イメージを高めることを示した実験研究を,短いレクチャーやワークシートの形で紹介する授業があります(詳細はこちら)。学生が自然の中で感じたことをまず自分の言葉で表現し,その後で「実はこうした感覚は心理学でも研究されていて,こういうメカニズムが提案されている」と共有することで,経験と理論がつながり,「今感じたことは,単なる気のせいではなく,世界市民教育とも関わる大事な感情なんだ」と位置づけられるようになります。宇宙から見た地球の写真やドキュメンタリーを用いて,畏敬や地球規模の一体感を喚起し,その後に対話を行うようなグローバル市民教育のプログラムも同じ発想に立っています。
Awe やスピリチュアリティの研究を,難しい専門用語ではなく,「心の動きの地図」として紹介すると,学生は自分の経験を客観的に振り返りやすくなります。
「今,自分が感じたこの感覚は,こういうふうに研究されているんだ」と知ることで,世界市民としての学びが,感覚と知識の両面から深まります。
大きな世界と小さな自分を,同時に抱く
大きな自然の前に立つと,私たちは自分の小ささを思い知らされます。同時に,「それでも自分は,この広い世界の一部として生きている」という感覚も,静かに立ち上がってきます。
世界市民教育は,「世界を救うヒーローになれ」と求めることではなく,小さな自分が,それでも世界とつながり続けるあり方を探す営みだと私は思います。
心理学を含む社会科学や人文学は,そのとき心の中で何が起きているのかを言葉にし,実証的に確かめていくための一つのツールです。自然の前で生まれるささやかな感情や,説明しづらいスピリチュアルな感覚を,「なんとなく」で終わらせずに丁寧にすくい上げること——そこから,世界市民という言葉を,自分ごととして語れる土台がひらけていくのではないでしょうか。
参考文献
Bang, K. S., Lee, I., Kim, S., Lim, C. S., Joh, H. K., Park, B. J., & Song, M. K. (2017). The Effects of a Campus Forest-Walking Program on Undergraduate and Graduate Students’ Physical and Psychological Health. International journal of environmental research and public health, 14(7), 728. https://doi-org.kyoto-u.idm.oclc.org/10.3390/ijerph14070728
de Jager Meezenbroek, E., Garssen, B., van den Berg, M., van Dierendonck, D., Visser, A., & Schaufeli, W. B. (2012). Measuring spirituality as a universal human experience: a review of spirituality questionnaires. Journal of religion and health, 51(2), 336–354. https://doi-org.kyoto-u.idm.oclc.org/10.1007/s10943-010-9376-1
Haerpfer, C., Inglehart, R., Moreno, A., Welzel, C., Kizilova, K., Diez-Medrano J., M. Lagos, P. Norris, E. Ponarin & B. Puranen (eds.). 2022. World Values Survey: Round Seven – Country-Pooled Datafile Version 6.0. Madrid, Spain & Vienna, Austria: JD Systems Institute & WVSA Secretariat. doi:10.14281/18241.24
Keltner, D., & Haidt, J. (2003). Approaching awe, a moral, spiritual, and aesthetic emotion. Cognition and Emotion, 17(2), 297–314. https://doi.org/10.1080/02699930302297
Kim, J. G., Jeon, J., & Shin, W. S. (2021). The Influence of Forest Activities in a University Campus Forest on Student’s Psychological Effects. International journal of environmental research and public health, 18(5), 2457. https://doi-org.kyoto-u.idm.oclc.org/10.3390/ijerph18052457
Piff, P. K., Dietze, P., Feinberg, M., Stancato, D. M., & Keltner, D. (2015). Awe, the small self, and prosocial behavior. Journal of personality and social psychology, 108(6), 883–899. https://doi-org.kyoto-u.idm.oclc.org/10.1037/pspi0000018
Pritchard, A., Richardson, M., Sheffield, D., & McEwan, K. (2020) The Relationship Between Nature Connectedness and Eudaimonic Well-Being: A Meta-analysis. Journal of Happiness Studies, 21, 1145–1167. https://doi.org/10.1007/s10902-019-00118-6
Preston, J. L., & Shin, F. (2016). Spiritual experiences evoke awe through the small self in both religious and nonreligious individuals. Journal of Experimental Social Psychology, 70, 212-221. https://doi.org/10.1016/j.jesp.2016.11.006
Sakurai, K. (2003). Japanese Religious Style and the Structure of Ancestor Worship. Christ and the world, 13, 44–81.
Seo, M., Yang, S., & Laurent, S. M. (2023). No one is an island: Awe encourages global citizenship identification. Emotion , 23(3), 601–612. https://doi-org.kyoto-u.idm.oclc.org/10.1037/emo0001160
Shrestha, T., Di Blasi, Z., & Cassarino, M. (2021). Natural or Urban Campus Walks and Vitality in University Students: Exploratory Qualitative Findings from a Pilot Randomised Controlled Study. International journal of environmental research and public health, 18(4), 2003. https://doi-org.kyoto-u.idm.oclc.org/10.3390/ijerph18042003
Snell, Tristan & Simmonds, Janette. (2012). “Being in That Environment Can Be Very Therapeutic”: Spiritual Experiences in Nature. Ecopsychology. 4. 326-335. 10.1089/eco.2012.0078.
Stellar, J. E., Gordon, A. M., Piff, P. K., Cordaro, D., Anderson, C. L., Bai, Y., Maruskin, L. A., & Keltner, D. (2017). Self-Transcendent Emotions and Their Social Functions: Compassion, Gratitude, and Awe Bind Us to Others Through Prosociality. Emotion Review, 9(3), 200-207. https://doi-org.kyoto-u.idm.oclc.org/10.1177/1754073916684557
Stellar, J. E., Gordon, A., Anderson, C. L., Piff, P. K., McNeil, G. D., & Keltner, D. (2018). Awe and humility. Journal of Personality and Social Psychology, 114(2), 258–269. https://doi.org/10.1037/pspi0000109


